ついこの間始まったと思っていたのですが、あっという間に「いのちをうつす」展の会期が残り僅かとなっております。 年内は12月19、20日の2日間、21日から1月3日まで美術館が休館になりまして、年が明けて1月4日~8日まで。年末年始のお休みが長いので、数えてみたら残りの開催日は7日間ですね。
バタバタしていて展覧会自体の感想を書けていなかったので。
対象物への愛と好奇心、それに冷静な観察眼が描き出す作品たちは見応えたっぷりで、本当にゆっくり時間をかけてみてほしい展覧会になっております。
小林路子さんのきのこの絵が使われたエントランスのポスター
会場のエスカレーターを下りて、すぐ目に入るのは小林路子さんのきのこの絵画。 都内出身の小林さんは、本の仕事で偶然きのこに出会ったとの事。 繊細に描かれたきのこと、生えている環境の落ち葉や木の肌、時には虫たち。 それに一つの絵ごとに添えられた小林さんの文章がとても秀逸なのです。 基本描かれたきのこの説明なのですが、きのこに魅せられ観察し、そのきのこを追い、時には口にし、よくよく知る人ならではのユーモアがにじんだ文章についクスっとさせられてしまいます。 それにしても、世の中にはなんと豊かなきのこの世界があることか。 たまにみかけるきのこから、見たこともないような不思議なかたちのきのこ、身近なシイタケまで…。見とれたり感心したりしながらあっという間に時間が過ぎていきます。 小林さんのきのこと並行して展示されているのが、内山春雄さんのバードカービング。 本物そっくりに彫られた小鳥やライチョウたち。 実は野鳥って身近なわりに、あまり近くでまじまじと見る機会ってないですよね。スズメですら。鳥ってこんな形で、こんな風に羽が重なっているのか…それに何より鳥がカワイイ。 たまたま一緒に見ていたお客さんの親子も「可愛い可愛い」言いながら見ておりました。 奥に進むともっと大きな鳥の彫刻が。これはなんと、「デコイ」なんだそう。 恥ずかしながら初めて知りましたが、実際にこの彫刻を増やして自然環境に置いて、その鳥が仲間がいると間違って来ることで、よりよい環境に移ってもらったり、そういう目的で使用されたのだそうです(調べてみたら昔は猟のおとりとして使われたそうですね)。 アホウドリ、こんなに大きいんだなあ…。 アホウドリの乱獲の話をそういえば川﨑秋子さんの小説で読んで大変衝撃を受けたのですが、その後デコイなども使って保護が行われていたと知りなんだかほっとしました。 トキなどの珍しい鳥も、こうしてリアルにバードカービングにしてもらう事で、すごく身近に感じることができて、なんだか嬉しかったです。 内山さんの作品はまだあるのですが、展示順に紹介していこうと思いますので、また後程。
内山さんのデコイと一緒に展示されているのが、辻永さんの植物画です。 和紙に描かれた繊細な植物画。 直接筆で描かれた線を見ていると、本当にずっと植物を見て、よく描いていたんだろうという事が伝わってきます。なにより植物が好きだったであろうことも。 辻さんは1884年生まれ。1974年に亡くなっています。 15歳から植物を描き始め、植物学者になるか迷った事もあったそう。 そこいらに生えている雑草も、旅先の珍しい植物も、同じ目線で丁寧に描かれた絵は、等しく尊い植物たちの姿形をはっきりと私たちの目に知覚させてくれるようでした。 辻さんは弟さんと渋谷で山羊園をされていた時期があるそうで、その時期は山羊の油絵を描き、山羊の画家と呼ばれていたこともあったそう。 山羊の油絵も2点飾られていましたが、自然の光の中でのびのびと暮らす山羊たちが優しい色彩で描かれていて、それもすごく好きでした。
いのちをうつす展図録のカバーは辻永さんの植物画をレイアウトしたもの。色は薄く溶いた油絵具だそう。
そしてエスカレーターをもう一段下りたフロア。 最初に目に入るのは「いのちをうつす」展のメインビジュアルにもなっている今井壽恵さんの写真です。 美しい競走馬たちの肖像。 牧場で、晴れの舞台で、全身の筋肉を躍動させて走る馬たちの姿を幻想的なタッチで描き出す今井壽恵さんの写真は、馬というものをまた新しい視点から見せてくれた気がします。 私自身は意外と馬との密接な接点はなく、あまり馬の事はよくわからないのですが、その気高いともいえる立ち姿に、多くの人が魅せられるのもわかるな…と思いました。 それとこの一瞬の姿をとらえ、フィルムの加工で現実ならざる背景と共にある馬たちのなんとも言えない存在感は本当に独特で、印象に残る写真たちです。 今井さんは写真家として活動し始めてから、交通事故にあい、一時期視力を失ったとか。その回復してきた頃に映画で「アラビアのロレンス」を見て、そこに映る馬の姿に魅せられたのだそうです。人生のテーマとの出会いは、突然に訪れる。
今井壽恵さんの作品「対称」
その馬たちの奥に、恐縮ながら私の作品の牛たちがいて、その向こうにいるのが(居る、と言いたくなります)阿部知暁さんのゴリラの絵画たち。 まさにゴリラたちの肖像画というべき、大きな正方形のキャンバスに、ちゃんと名前の付いた個性豊かなゴリラたちが描かれています。 驚いたのは、ゴリラの姿形の個体差!当たり前と言えば当たり前の話ですが、みんなしっかり顔も体型も違うんですよね。 人間だって牛だって違うんだから、ゴリラだって違うのは当然ですが、知らない事というのは本当に解像度が低いものですね。 各々の性格までにじみ出るような、個性的なゴリラたちの向かいに、絵本「ゴリラが胸をたたくわけ」(山際寿一・文 阿部知暁・絵)の原画が展示してあります。 この絵本がまたとても良いのです。程よい具合にデフォルメされたゴリラたちが活き活きと描かれていてとっても魅力的。 それに内容も素晴らしい…。いかにも怖そうな見た目、と誤解されがちなゴリラのなんとも賢く、好奇心に満ち、平和的な生態。 人間も、少しゴリラを見習った方がいいかもしれませんね…。 ちなみにこちらの絵本はミュージアムショップの方で販売されておりますよ!
阿部さんのゴリラを描くきっかけになったともいえる、上野動物園に最初に来たゴリラ「ブルブル」
そして最後にまた内山春雄さんの作品。 タッチカービングという、触ることができる白い鳥の彫刻がたくさん並んでいます。 そして、貸し出される機器で、それらの鳥たちの鳴き声も聞くことができます。 目の見えない方々はもちろん、私たちも鳥に触れる機会なんてめったにないですから、なでたり鳴き声をきいたりしているとあっという間に時間が過ぎていきます…!
内山春雄さんのタッチカービング作品。繊細な羽の重なりなどさわって確かめられるのは貴重な機会。
他の作家さんの作品を見たり、図録の文章を読んだりして、生涯をかけて追及したくなるようなテーマに出会えることのありがたさを改めて感じましたし、私ももっと続けていって、作品をどんどん蓄積していきたいと改めて思いました。
私が牛というテーマに出会ったのは、予備校時代から続けていた内面世界を描くような絵に限界を感じていた時でした。世の中の幻想的な絵画に憧れ、真似をしてみたものの、私の内面にそんな作家たちの描くような世界は無かったと、気が付くのに3年くらいかかってしまいましたね。 ワンダーフォーゲル部で登山を続けるうちに、ただそこにある自然(自分の身体も含め)が実はとても観察のしがいのある、世界を知るための第一歩ではと思うようになりました。 山頂から見る、宇宙とつながっているような広々とした世界の一部である自分、という感覚が生まれた時に牛に出会い、牛という一つの動物を描く事もまた意味のある事であるように感じました。 きのこの小林さんもゴリラの阿部さんも、幻想的な絵画を描いていたところから一つのテーマを追求するに至ったと書いてあり、ちょっと共通しているな、と思いました。不思議ですね。 他の作家さんたちともゆっくりお話ししてみたかったです。
同時開催の「動物園にて」展もすごく興味深いので、ぜひ見て頂きたいです! 上野動物園ができた経緯や、戦争中の動物園の話など、普段意識していなかった動物園の歴史に触れ、動物と人間の関係性に思いを馳せることのできる展覧会となっています。
なごり惜しいですが、残りの会期、作品たちが皆様に見て頂けますように。